【ONIGUNSOW_SEX MACHINEGUNS】結果、無性にカレーが食べたくなるメタル

SEX MACHINEGUNS

圧倒的な爆音しか存在しない、理想の世界へようこそ

ヘヴィメタル。それはただただ圧倒的なもの。

そこには様々なものが込められている。

歌詞には、それぞれの物語が綴られている。

とても繊細に、鮮明に、様々なものが語られている。のではあるが。

そんな繊細と共に、爆裂するようなエネルギーが同居している。

この膨大な力は、酸いも甘いも、恋も病も全てを吹き飛ばす。

そこにあるのは炸裂する爆音のみ。そんな理想の世界。

叶えます。

全てを忘れ、頭も体も空っぽになるまで暴れまくれ。

SEX MACHINGUNSのONIGUNSOW。

メタルのひとつの到達点が、ここにある。

果てしなく圧倒的な爆裂メタル

騙されたと思って、聴いて欲しい。とにかく良い音質で。出来るだけ爆音で。

10秒ほど聴いてくれれば、解っていただけると思う。

これ、最高のメタルだろぅ?なぁ!

スタートから手加減無しで一瞬で爆裂しておいて、開始10秒ですぐさまブレイク。

ニクい、ニクいねぇ、この演出。

とにかく重い。

とにかく速い。

とにかくうるさい。

そして何より上手い。

これだけのスピードで、要所要所をシャープに決めて、ANCHANGは唄いながら弾くし、各所にはコーラスもあり。

歌詞も含めて悪ふざけに見えるようで、卓越した技術がないとこんな曲はまず演奏出来ないよ。ただ単に「弾くこと」は出来たとしても、「カッコ良くバンドとして弾く」のがどれだけ難しいか、想像もつかない。

もちろんメタルサウンドのメインディッシュ、超高速ギターソロも最高峰。

ANCHANGのギタープレイは正に流水の如く、淀むことなく流れるように展開される。

この技術が、果てしない努力の末に身に付けたことを思うと熱いものがあります。楽器が上手いひとは、天才だから生まれながらに上手いのではないんですよね。信じられないほどの努力の果てに身に付けたもので、その努力を死ぬまで続けている人達なんでよねぇ。

ちょっと定かではない記憶で恐縮だけれども、カップラーメンが出来上がる3分の間に練習する習慣のせいで、カップラーメンが嫌いになったというエピソードを聞いたことがあるような。

そして所々で響き渡るツーバスの旨味。この曲はとにかく縦横無尽に暴れまわるドラムがカッコイイ。これ打ち込みじゃないのかよ!って誰もが驚くのではないだろうか。

時には爆走し、時にはキッチリと一発一発を重く決めに来る。自分もこの曲を聴いた当時、ドラムってのはすげぇカッコいいものなんだな、って思ったもん。

果たして、この曲を聴いた何万人のちびっ子が、

とーちゃん、オレ、ドラムやりたい!

と叫んだことか解らない。

曲の終わり方も実にバンド的で、エンディング用の展開がちゃんと用意されているところも個人的に好きなポイント。最後の最後をツーバス連打オンリーで締めくくるというのも、中々珍しい気もします。

今の時代、この給食あるあるはハラスメント?

こういう給食にまつわる一幕。現代ではもうないんだろうなぁ。

私は中年。こういう給食あるあるが全盛期だった頃、というよりは末期の頃だったかと思う。保育園の頃、全部食べられないことに指導を受けた記憶がありますよ。

当時は体が本当に弱くて、それでリバースしてしまったこともありました。記憶が定かではないけれど、大人の第三者視点から見たら、あの光景も中々にハードなものだったりしたんだろうか?

小学中学の頃は、食べ残すことそのものについて咎められることは無かったきもするけれど。給食の牛乳が謎に1個余って、飲まないで戻したやつは誰だ?(行為ではなく名乗り出ないことへの指導)みたいな感じで授業を潰して金八先生的なご指導を受けた記憶もありました。

今は二言目には多様性。ひとつの正解を追い求められない時代だからこそ、そういう〇×で答えの出ないことへの教育とか指導とかって、しんどいだろうなぁ。

今が◎で昔が×とか、今が△で昔が〇とか、そんなことを評することは出来ないけれど、時代の変化に沿って、価値観もナニモノカへと常に変わって行くしかないんでしょうね。

しかし…

「おばさんの前で泣きながら食べろ」とという表現。

こうして見ると、「される側」はマジでたまったもんじゃないってのがよく解りますね。

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