埼玉スーパーアリーナでこの曲と出会う衝撃
この『やさしさ』という曲。普通に出会ったら。エレカシと意識せずにスタジオ音源を聴いたら。初めは、「ふ~ん」と思ってしまうかと思う。
エレファントカシマシの活動経歴からすれば、私は比較的新参者。ライブに参戦したのは、なんと25周年でのさいたまスーパーアリーナが初でした。そこで初めてこの『やさしさ』をぶちかまされることになります。
エレカシと、あのライブをご存知の方であれば、これがどれだけ凄まじいことか、お解りになるかと思います。もちろんライブ映像は今も手元に有り、自宅でこの曲を見る度に奮えが走ります。
この凄まじさ、言葉に出来る自信は1mmも有りませんが、とにかく圧倒的なのです。
そもそもが、このエレカシというバンド。スタジオ音源の魅力を100とすれば、ライブでの魅力は1000です。誇張無しです。
そしてさいたまスーパーアリーナくらいの箱になれば、末席で聴こえる「音」についてはどうしたって大味になってしまいます。大音量で、会場に反響して、細かなニュアンスまで聞き取るのは難しいというもの。
けれどもこの『やさしさ』は違いました。その楽曲構成のシンプルさ故に、歌声、ギター、ベース、ドラムの4人の息遣いさえも聴こえて来るような。当時としては25年の活動の全てをぶつけられたような、鳥肌が立つでは済まない、とてつもない衝撃を受けたものです。
この映像が、何ともたまらないですよね。エレカシという4人の青年達がその後辿った足跡を知った上で見ると。微笑ましいような、胸がいっぱいになるような。不思議な気持ちに包まれます。
ミヤジは相変わらず細ぇなぁ。
石君、めちゃくちゃ優しそうな顔だなぁ。
せいちゃんはダンディ過ぎる。
トミは頼りになりそうだ。
もちろん、映像作品であり、バンド活動の形ではあるけれど。友達の卒業アルバムを見て楽しくなるような、そんな気分になりませんか?
全力でこの楽曲を演れるバンドが、どれだけ居るでしょうか?
何が恐ろしいって、この曲、血気盛んな若いロックバンドが創り出したんですよ。しかも、曲としてはいわゆるデビュー前から存在していたはずです。
音楽を志すロックバンドですよ。俺を見ろ!俺の音を聴け!成功に飢えた、俺が!俺が!という頃合いでしょう。そんなバンドがガチで作った楽曲が、これですよ。
歌声を前面に押し出し、歌声が全てを担うかのような大胆な構成。バンドサウンドは完全に「支え」に回る形になります。そして実際に、歌声は全てを担うだけの凄まじさを魅せてくれます。それこそスーパーアリーナのライブでの歌声は…それはもう、とてつもない物でした。
それでは、他の三人は何となく居るだけなのか?いやいやいや、決してそんな事はありません。
要所要所で入るギターの短い音。ミュート気味のアルペジオ。
シンプルに響きながら、曲全体の雰囲気を担っていくベースのシンプルな音。
時に穏やかに、伸びやかに展開する楽曲をしっかりと引き締めるのは、他でもないドラムの役割。
化け物ヴォーカルのミヤジが縦横無尽に暴れ回り、バンドメンバーがそれについて行くようで。
はたまた、ミヤジを唯一制御して手綱を引くことが出来るのがこの三人、であるかのようで。
お互いに引っ張るような、支えるような、バンドとしての奥義のような絶妙なバランスが、この時点で既に完成されているのですよ。本当に恐ろしい。
この後に、様々な変遷をたどり、音楽性も変化を重ねる中で、『バンドの在り方』のような物は何一つ変わらないでいる。そんな風に思ってしまいます。それが少年時代に出会った仲間達というのだから。こんなにエモいこと、ありますかね?
ライブに於いて、彼らは様々な音楽を聴かせてくれます。ストリングスとも連携した美しい曲だったり、激しく疾走するハードな曲だったり、どんな展開になるか目が離せない、ジャズセッションのような一幕も魅せてくれます。
そんな彼らが放つ、引き算の美学の究極かのようなこの『やさしさ』。この曲と、素晴らしいライブで初対面出来た私は、もしかするととてつもない幸せ者だったのかもしれません。
歌われる「歌詞」の恐るべき普遍性
エレファントカシマシの数ある魅力の中のひとつがその歌詞。ロックバンドという、普通とは程遠い世界で生きているのにも関わらず、彼らから放たれる言葉は本当に多くの人の共感を呼び、社会で生きる人達の心に突き刺さって行きます。
退屈に襲われ、体は重く、いつもと同じ働く日々。登場する言葉も、歌詞も、実にシンプルな物になっています。
日々に満足出来ない、若者の嘆き、とも受け取れます。
毎日毎日働いて、変わらぬ日々に疲れて行く大人達のため息にも受け取れます。
というか、ほとんど全ての人達の心のどこかに突き刺さる何かがあるのではないでしょうか?
老若男女を問わないのはもちろん、日本であっても、海外であっても。はたまた現在/過去/未来のどんなひとにも、等しく当てはまる部分があるような気さえしてしまいます。
そして、この壮大なあるあるの帰結が「やさしさ」なのです。これ、えげつないですよね?
最も連想する方が多いのは異性でしょう。恋のような物を連想することも出来ます。他にも、大切な家族や仲間を連想しても自然ですよね。いつも一緒に暮らすペットかも知れません。趣味や大事にしているナニモノカのような「概念」かも知れません。
そうした物事自体ではなく、それからが持つ「やさしさ」こそ全てであると。こんなにも詩的で、反論の余地の無い、納得するしかない結論はあるでしょうか。
そしてこの歌詞を創り出したのが、何十年も生きて来た熟練者でもなく、人々の心を映して来た旅の詩人なんかでもなく、ロックバンドを志していたひとりの若者である、という事実ですよ。
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